1月 112013
 

「これまで育ててくれてありがとう。バスケットをさせてもらって感謝している」。ルーズリーフに記した遺書には家族への気持ちがつづられていた。自殺を選んだことは「ごめんなさい」とも-。全国大会常連校のバスケットボール部の主将となってわずか3カ月、男子生徒は17年という短い命を絶った。

出身中学の教頭によると、小学生の時に地元のチームに入り本格的に競技をスタート。中学では副主将として部員をまとめた。休みの日も自主練習を欠かさず、プレーヤーとしても活躍していたが、大会では地区の2位にとどまり悔しい思いも。「もっと強い学校で続けたい」との強い気持ちが強豪・桜宮高への進学をかなえた。

両親からの教えは「文武両道」。高校でも厳しい部活動をこなしながら学業も両立させ、成績は上位だったという。

産経ニュース
主将就任3カ月、命絶つ 「バスケさせてくれ感謝」
2013.1.11 11:32 より

高校生という若い人の自殺事件がまた起こってしまいました。
ほんとうに痛ましいことです。

ただ、これを「事件」といっていいのでしょうか?
もちろん、人一人亡くなっているわけで、非日常の由々しき事態であることに変わりありません。
でも、この問題は、切り込み方が難しいですね。

まず、高校の部活という点。
高校の部活であるならば、もしも仮に「体罰」が嫌であれば、部活をやめればいいのでは?
と単純に思ってしまいます。

学校の授業を受け持つ先生や担任に体罰を受けるのであれば、これはほとんど逃げ場はありません。
でも、部活動は高校生活の一部であるはずです。
そんなに「死ぬほど嫌」ならば、部活なんて行かなければいい、というのが単純にして明快でしょう。

しかし、これが一般的な高校ならば、わたしの単純な理屈も通るのですが、こちらの桜宮高校は、スポーツを売りにしている高校です。
スポーツ=部活をするために高校へ入ったならば、部活こそが高校生活の中心となり、それゆえに部活そのものが授業となり、部活の顧問がクラスの担任といっても過言ではなくなるのでしょう。
ここがまず、高校生としての健全性に欠けるのでは?という第一の問題点です。

「体罰」は絶対によくはありません。
ただし、それが「厳しい指導」という位置づけであったならば、どうでしょう?
桜宮高校は、部活が強いので、自然と指導が厳しくなるのでしょうし、厳しい指導ゆえに、部活も強かったのだと想像できます。

自殺した高校生は、死の前日に母親に対して「今日も、30~40回くらいビンタされた」と言っているそうです。
ということは、厳しい現実ですが、この子の親は、バスケ部の常態化された「厳しい指導」(=「体罰」)を知っていたのです。
容認、もしくは、黙認していたのです。

いじめによる自殺の問題と違って、今回の場合は、みんなが知っていて、それがもはや当たり前のこととなっていて、この高校生が自殺したがために、世の中的に「問題」化されただけです。

ということは、体罰→自殺という因果関係は、ちょっと疑問符がつくことになります。
もちろん、体罰が自殺を誘因となったのでしょう。
しかし、体罰が自殺の原因ならば、もっと多くの生徒が自殺をしていなければなりません。

体罰は望んでいないが、厳しい指導を望んでいる生徒や親御さんにとっては、もしかしたら、このバスケ部の顧問のような熱血漢は好ましい存在だったのかもしれないのです。
つまり、その指導が嫌ならば、部活を辞めればいいのですから。

極論すれば、問題は、「体罰」ではなく、「自殺」にあると思うのです。
自殺は、もうそれだけで取り返しのつかない大問題なのです。

自殺という大問題に対峙して、もしかしたら、責任を「体罰」に転嫁して、本質的な議論にいたってないのかもしれません。

橋本徹大阪市長は、「30~40回も殴れば、それは「厳しい指導」ではなく「暴力」」と言っています。
では、1・2回殴るのはいいのでしょうか?
1・2回殴って、その生徒が自殺したらどうするのでしょうか??

となると、回数は問題ではありません。

また、暴力は「こぶし」によるものだけでなく、「ことば」によるものもあります。
学校の先生が、厳しい言葉で指導して、もしその生徒が自殺したら、それも言葉の暴力による「体罰」ということになるのでしょうか?

そういうように考えてみると、やはり一番の問題は「自殺」してしまったことだと思うのです。

この「大阪・桜宮高校 バスケ部体罰自殺事件」は、切り口によって、どうにでも切り込め、しかも、収集がつかなくなる問題となり続けるでしょうね。

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