4月 302013
 

ヤフー知恵袋の質問で、どうして昔の純文学(夏目漱石や太宰治など)は、改行もなしにページにびっしり文章が並んで(詰まって)いるのか?
といういうのがありました。

確かにそうですね。
とくに外国の文学作品は、そのような傾向にあると思います。

これはまずは単に紙が貴重な資源だったからでしょうね。
小さなスペースにいかに文章を詰め込めるか?というのは一種の課題だったのでしょう。

ひるがえって、今日は電子書籍の時代でもあります。
とくにブログの文章に慣れてしまうと、びっしりと詰まった文庫本を見るだけで頭が痛くなるのはわかります。

そこで、著作権の切れた純文学作品を編集して、現代風の行間にし直すというのはいかがでしょうか?
本という紙の媒体にすると、嵩が増してしまうでしょう。
しかし、それを電子書籍で行えば、ページ数など関係ありません。

文章はそのまま、ただ改行というひと手間を加えるだけで、著作権の切れた純文学が、電子書籍における強力なコンテンツに生まれ変わる可能性はありますね。

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