5月 222013
 

こちらは、「100歳なんたら」で有名な先生ですね。

・100歳までサビない生き方 体の中からキレイになれる101の習慣
・100歳までボケない101の方法―脳とこころのアンチエイジング
・100歳までガンにならない食べ方 ボケない食べ方

など、100歳シリーズで有名な先生です。
まぁ、この手の売り込み方というのもなんだかなぁ~って思いますけど…。

だって、上のやり方で、

100歳まで生きました→「ね、わたし(白澤先生)は正しいでしょ」

上のやり方で100歳まで生きられなかった→…

生きてないので、まさに死人にクチナシの花です。

※この辺りの論理的矛盾は、「ほんとうの整体の話をしよう」のとき、プラシーボ効果でも書きましたね。
闘うがん患者の治癒率

上の本は、まぁ、言わんとすることはわかりますが、「正しい肉を食べなさい」という論理構造は、おかしいですよね。

これも

言われた通りの肉を食べて、長生きする→正しい肉の食べ方でしたね

言われた通りの肉を食べて、長生きできなかった→正しい肉を食べてなかったのですね

なにをもって正しいか、正しくないのかというのは、これはとても恣意的なものになりがちなのが、「正しさ」だと思うのです。

戦争なんてのをみれば、一目瞭然ですね。
あれはまさに、「正しさ」VS「正しさ」の命をかけた戦いです。

(わたしの言った通りに)正しく行えば、うまくいくという構造は、これは一種の横暴であり、この正しさはある意味「暴君」です。

昨日のガリレオはおもしろかったですね。
その中で、湯川教授がおもしろいことを言っていました。

「僕は、かわいさという非論理的なものには興味がない」と。
美しさや美人であることは、美しさの黄金比率によって、論理的に導き出されるものであるけど、「かわいい」ということは、そのような論理的基準がなく、あくまで恣意性に委ねられているので、興味はない、とバッサリやっています。

正しさもある意味、かわいさと同じようなものだと思うのです。

最近ずっと、最適解についてつづっていました。
もしも、論理的な正しさがあるとしたら、それは「最適解」ということでしょう。

「長生きしたければ、正しい肉を食べなさい」などと単純に言えるほどの曖昧性や恣意性はなく、もっと膨大なデータに基づく結果として、正しさの最適解が生まれるのだと思います。

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