5月 222013
 

読売新聞(2013.5.22)よりメモ書き

財団法人日本青少年研究所

高校生の意識調査ですね。

調査内容
・進路希望
・進路についての相談相手
・父母の仕事に関する認知度
・進路を考える際の気持ちのあり方
・学校における進路指導のあり方とそれへの期待
・キャリア教育経験とその評価
・アルバイト経験とその有効感
・進路と職業に関する自己認識
・将来の職業希望
・職業選択にあたって影響力を持つ他者
・職業選択にあたって重視する要素
・働く目的
・「偉くなる」ことの意味
・将来の人生観、など

偉くなりたいと思う高校生は合わせて…46%
そうは思わない…54%

偉くなることへの考え
責任が重くなる…70%
能力をより発揮できる…38%
自己犠牲をしなくてはならない…32%

調査報告書は
「『偉くなること→負担、自己犠牲』といったイメージや、『苦労してまで偉くなることはない』といった冷めた意識が定着している」
と分析する。

まぁ、「偉くなること」の定義がよくわからないので、なんとも言えませんが、「責任」とか「自己犠牲」とか、そういったものを嫌う傾向にあるということでしょうね。

逆にいえば、責任や自己犠牲がなく(少なく)、上手に登用してあげればいいのではないのでしょうか?

新聞では、レナウンの創業者の尾上清さんのことを取り上げての引用なので、偉くなる=起業(会社を起こす)という感じでの捉え方なのかな?

社会的傾向として、名ばかり店長で地位だけは確保されているけど実際の待遇はブラック、なんてのを見れば、それは「偉くなりたくない」というのも当然でしょう。

まったく自己犠牲なしに生きていくことは不可能です。
でも、今の企業は自己犠牲を通り越して、搾取されている感が強いので、「自己犠牲」を極端に嫌っているだけなのではないのでしょうか?

本来、少しの自己犠牲は気持ちの良いものだと思うのです。

カッコイイ社会貢献の書評でもありましたが、少しの自己犠牲によって、より大きな充足感をえられることは多々あると思うのです。
自己犠牲が社会貢献につながれば、それは「かっこいい」行為となり、自己犠牲そのものを嫌うということはないのかな、と思います。

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