5月 262013
 

※「効果」と「効用」に、とくに深い意味の違いはありません。

無料にすべきものとすべきでないもの、有料にすべきものとすべきでないもの。
そういったものがあるというのが、実に人間的でおもしろいですね。

ごく最近、諸事情によりあまりお金がない人が、 供養名としての戒名 を依頼してきました。
お話しの内容を聞くと、もしかしたら戒名の命名に1万円近い料金というのは、高いのかもしれません。
では、無料にしてあげたほうが、その人にとってよいのか?

となると、これはどうにもむずかしいところです。

最近、見たマツコデラックス系の番組で、マツコが言ってました。
「ただおごったりすることは、感謝されない。逆に『これは貸しておくんだからね』と、貸すと言いながらおごってあげると、後に感謝される」というようなことを言ってました。

人間は悲しいかな、自尊心のある、もしくは、自尊心の強い生き物です。
ですから、「奢られる」や「施される」という行為は、よほど自尊心のない人でなければ、嫌なようです。

そのため、マツコのように「これは奢るんじゃなくて、貸すんだからね」と言いながら、実質としては奢っている状態にしてあげた方が、後々感謝されるようですね。

戒名料金の場合もおそらくそうだと思います。
あまりにも高額な戒名料は、実質払えませんが、なんとか頑張れば誰でも払えるくらいの料金に設定していますので、それすら無料で、となると、これはかえって自尊心を傷つける行為になると思います。

戒名を無料でつけているお寺さんやお坊さんは、たくさんいます。でも、世間ではあまり認知されていません。
ということは、バカ高い戒名料は払いたくないが、そうかといって無料の戒名というのも、なんだか嫌だ、というのが世間の深層意識なのかもしれません。
その辺の機微は難しいですね。

また、逆に有料にしてはいけないものもあります。
それは人の善意に基づくものです。

これは、 社会規範と市場規範 に基づく類のもので、例えば、ある法律に関する市民講座を弁護士に頼むとき、「薄謝ですが」と本当に薄謝=5000円くらいを渡すのと、「今回は市民講座なので、無料でお願いします」と無料にした場合ですと、完全に無料にした場合の方が、弁護士の先生が受ける印象や実際の受諾率は良いそうです。

例えば道を歩いていて、誰かに呼び止められます。
「駅にはどう行けばいいですか?」
知っていれば、あなたはその人に、駅への道を教えてあげるでしょう。もしかしたら、あなたはその人を、駅まで連れて行くかもしれません。

では次のような場合はどう思いますか?

あなたは道を歩いていて、誰かに呼び止められます。
「駅にはどう行けばいいですか?500円で教えてください」

ちょっと、ムッとしませんでしたか?
好意に対して、市場=お金というお礼を出されると、人間はおかしなもので嫌悪感を抱くのです。
これが人間がソーシャルアニマルである証拠なのでしょう。

ソーシャルデザインを考えるときは、この人間の特性をよく理解しなければいけないと思います。
つまり、少額でも有料にすべきは有料にし、むしろ「カッコイイ社会貢献」であれば有料(有償)ではなく、タダで貢献してもらう、ということですね。

搾取されることに対しては嫌悪感を抱きますが、ほんの少しの自己犠牲は、むしろ人間を心地よい優越感と悦に入らせるのだと思います。
しかもその「優越感」や「悦にいる」状態は、ほんの少しであり、社会にも自分にも貢献している、ささやかだけれど、役に立つことなので、誰にとっても良い行為となります。

ツイートツイート

Ads by Google 楽天市場 アマゾン

現在コメント投稿は停止しております。