8月 022013
 


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昨日(2013年8月1日)スタジオジブリの『風立ちぬ』を見てきました。
伊勢崎のスマークで朝一番に観たのですが、思ったよりも混んでいませんでした。400人収容の部屋で、40~50人いたかどうかでしたね。
子どもや若い人が少なかったですね。多いのは中高年で、お年をめした方もチラホラ見かけられました。

内容は賛否あるでしょうが、トータルとしては素晴らしいアニメーション映画だと思います。
最大の難点は、やはり主人公の声でしょうね。
宮崎駿監督は、あえて 庵野秀明 さんを起用したと言っていますが、庵野さんご本人が言うように「(庵野さんは)監督をやっている方がいい」とわたしも思います。

おそらく、あの骨格からあの低い声はあり得ないんでしょうね。庵野さんというか、普通の男の人の下に響く声ではなく、あの顔立ちだと将棋の羽生さんのように上に抜けるような響く声だと思うんです。
朴訥としたしゃべりは同じでも、上に抜けるのと下を這うような響きの声だと、上に抜けるような声だと思うのです、あの堀越二郎さんは。

まぁ、物議を醸すために、宮崎駿監督があえて監督業をしている庵野秀明を起用したのかもしれませんし、もしそうだとしたら大成功でしょう。

もう1点マイナスポイントは、これは自分が悪いのですが、前情報を仕入れてしまったことですね。
アナログ・アナクロ的な音を出すために、飛行機のエンジン音などに人の声を使っているというテレビを見てしまったがために、そのシーンが出てくると、人の顔がチラホラと頭に思い浮かんで、あまり良いものではありませんでした。
映画などの前知識というのは、良し悪しのところがありますね。

トータルで見ると、「この映画どうですか!いいでしょ!泣けるでしょ!」と自己主張してくる映画ではなく、情感に訴えてくる映画でもありません。
自分としては、叙事詩的な映画というようにみえました。
ですから、よほどの感度の鋭い人でないと、あの映画では泣けないのではないのでしょうか?
宮崎監督は、『風立ちぬ』の試写を見た時、「不覚にも、自分で作った映画で初めて泣いた」とおっしゃってましたが、それくらいの感度の鋭い人でないと泣けないと思います。

はっきりいって、万人が泣ける映画ではありません。もっとも、昨今の映画は「泣ける=良い映画」という変なレッテルが貼られているので、わたしは泣けないけど良い映画という意味で、この『風立ちぬ』のスタンスは好きですけどね。

ただジブリや宮崎さんの力から言うと、泣ける映画を作りたいのであれば、もちろん作れます。叙事詩的なものを、もっと叙情的にできたはずなのです。
戦争のひどさや、里見菜穂子との恋愛・結婚・菜穂子の闘病そして死…といった、はかなさ、あわれさ、時代の暴虐性などに焦点を当てて、主人公に一言叫ばせれば、誰もが涙するいわゆる「お涙頂戴」映画に簡単に作れたと思います。
そこ(叙情的)をあえてしないで、あるがままの風景を撮っているだけ(叙情的)に見せている手法は、これは宮崎作品の集大成かもしれません。
内容で魅せる文学作品ではなく、手法で魅せる文学作品といった感じでしょうか。
そういう意味では、声優さんではない庵野監督の起用はやりすぎで、きちんとした声優さん、もしくは俳優さんを起用してもよかったのかもしれませんね。

主人公堀越二郎さんは藤岡市の出身で、夏の間、藤岡歴史館で企画展を行っていますので、興味のある方は是非どうぞ。

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