8月 052013
 

原爆が必要だったというのは幻想…ストーン監督

「プラトーン」「JFK」などで知られる米国の映画監督オリバー・ストーン氏(66)が4日、広島市内で読売新聞のインタビューに応じ、「原爆投下は戦争を終わらせるために必要だったというのは幻想だ。(米国人として)被爆者に謝罪したい」と語った。

ストーン監督は昨年、第2次大戦前夜の1930年代からオバマ大統領登場までの米国の現代史について、独自の視点で描くテレビドキュメンタリーシリーズ「もうひとつのアメリカ史」を制作。その中で、原爆投下はソ連(当時)へのけん制が目的で軍事的に不要だったと主張している。今回は原爆忌に合わせ広島、長崎を初めて訪問、被爆者との対話などを予定している。

インタビューで、ストーン監督は、原爆を投下した米国は英雄であると教わってきたと説明したうえで、「80年代までそうした幻想に疑問を差しはさむことはなかったが、歴史をもっと深く見るようになった。私は歴史に対して建設的でありたい。日本の人々も、米国の神話を受け入れず、なぜ原爆が落とされたのかを学んでほしい」と話した。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130804-OYT1T00618.htm(※リンク切れ)

以上転載

歴史上の出来事における謝罪というのは、こうあるべきなのでしょうね。
日本の場合はどうしても、さきの侵略戦争において「日本」は謝罪すべき、すべきではないという方向に行きがちです。

橋本徹大阪市長にしても、宮崎駿監督にしても「日本」がではなく、ストーン監督のように「必要があれば、わたしは謝罪します」と言った方がスマートですよね。
日本のことは政府の問題であり、さきの戦争により日本人として、アジアの人々を苦しめ、謝罪したい気持ちがあれば、個人的に謝罪すればいいのです。
もちろん、個人的に謝罪したくなければそれでもよいのですが、それを日本という国家におきかえ、自分は謝罪したくないけど、国家として謝罪ずべきだ(すべきでない)という論調になるから、おかしくなるのだと思います。

発言力・発信力のある文化人ならなおのこと、個人として謝罪したいのであれば、謝罪すればすむだけのことです。そこに国家を持ち込む必要はありません。

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