10月 282013
 

『一般意志2.0』 東浩紀 の続きです。

「ルソーは、一般意志の生成のためにはコミュニケーションは必要ない、みなが自分のことだけを考えていればいいのだ、とはっきり記していた。彼はいわば、ひきこもりの作る公共性に賭けた思想家だったのである。」

ルソー(の論調)は今日の政治形態、代議制による熟議政治を否定しています。
熟議を重ねれば、良い結果を生み出す…というのは、まやかしです。せいぜいが「落とし所」をさぐって終わりということでしょう。

これは日本の政治もそうですし、アメリカでもそうです。
決められない政治ではなく、決められないような政治の仕組みなのです。

ですから、一般意志がわかるならば、それに従ってしまうのが話は早いわけです。
それはそれで「ポピュリズム」だなんだ言うんですけどね…。

「自由とは、抽象的な理念ではなく、むしろ、動物としての人間がたがいに憐れみを抱き感情移入しあう、その具体的な状態をこそ意味する言葉だったのではないか…」(P214)

自由には、束縛からの解放や規制のない開放など、いずれにせよ囚われのない状態を指すことが多いように思います。

しかし、ことネット社会における「自由」とは、上のような内容の方が合致している気がします。
ネット社会、ひいては、これからの社会ということになります。

「人々がたがいに憐れみを抱き、感情移入しあうことで公共性が担保される世界。かわりにあらゆる理念やイデオロギーを私的領域(趣味の領域)に押し込め、社会設計からは慎重に隔離する世界。徹底した相対主義の、あるいはあらゆる「主義」から無縁の世界。
リチャード・ローティーはそれを「リベラル・ユートピア」と呼び、現代社会はその理想に向かって進むべきだと論じた。」(P220)

最近読売新聞の編集手帳で、似たような論調のものがありました。
以下、読売新聞(2013.10.23)編集手帳より

【バチカンは<女性司祭>を頑として認めない。反発する女性たちは、だれにも知られない場所で秘密の会合をかさねた。そこは、どこ?】

小説『カルニヴィア1禁忌』ジョナサン・ホルト著の話のようです。

正解はサイバー空間です。

【建物や通りの名で待ち合わせもできる。会員の交流は鉄壁の防御で守られ、公権力でさえ踏み込むことは不可能】

二重世界、かつての セカンドライフ のようなものですね。
鉄壁の防御なので、それ以上でしょうか。

いずれにせよ、一部の有識者の形而上レベルの発想として、ネット空間における政府(のようなもの)を思考している傾向があるように思えてなりません。

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