10月 282013
 
【送料無料】一般意志2.0 [ 東浩紀 ]

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価格:1,890円(税込、送料込)

ルソーの『社会契約論』を、現代風に読み直そうという企画的な本です。
『社会契約論』という名前は聞いたことはありますが、実際に読んだことはないので、まぁ、ほとんどすべて作者(東浩紀)を鵜呑みにして読んでいます。

「政府は不当にも主権者[一般意志]と混同されているが、じつはその代行機関にすぎない。/
それでは、政府とはなんであるか。それは臣民と主権者とのあいだに、相互の連絡のために設けられ、法の執行と社会的および政治的自由の維持とを任務とする中間団体である。」(P37)

ルソーの主張する政府は、今の時代の政府のようなかたちではなく、今でいうところの「NPO法人」のようなかたちが“政府”であるという認識のようです。
ようは、政治家なり官僚なりの力が強すぎる機構というのは、そのらの人たちの権力機構であり、本来のかたちの臣民の一般意志を実現させる政府にしては、いささか(一部の人間の)恣意性が強すぎるようです。

「一般意志は政府の意志ではない。個人の意志の総和でもない。一般意志はなによりも数学的存在である。」(P50)

例えば、予算が100億円ある。
これを老人福祉政策に使うか、子育て支援政策に使うか。

この時に、すべての国民がどちらかか一方を支持することはまずないでしょう。
老人福祉も子育て支援も、それなりに社会的・個人的なメリット・デメリットがあります。

それではどうするかというと、ルソーは一般意志を数値と考え、老人福祉を支持する意志が60で、子ども支援を支持する意志が40ならば、一般意志は老人福祉を20と結論づけるのです。(※60ー40)

これは結局のところ直接民主主義に近いかたちになるので、どうしても今日のような大きな政府での実現は難しいでしょう。
ていうか、無理でしょうね。

「政府2.0は、政府(公)と民間(私)の垣根を越えた、市民生活すべてを覆うサービスプラットフォーム(共)になるのだと表現してよいのかもしれない。
多少抽象的な言い方になるが、公と私の対立を乗り越える「共」のプラットフォームというその構図は、前章の末尾で述べた、肯定と否定の対立の彼方にある無意識の領域という構図と並行している。

公(全体意志)と私(特殊意志)の対立を理性の力で乗り越えるのではなく、その二項対立とは別に存在している、無意識の共(一般意志)を情報技術によって吸い出すことで統治の基盤を据える新しい国家。」(P136)

やはり、この説明を読むと、NPO法人のような形のものが想像されます。
が、大事なポイントは、その政府が物理的に存在することすら必要としていないという点です。
極論すると、ネット上をグーグルが統治しているような感じのものです。

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