11月 162013
 


Have a little “Faith” in me. / MeowMixx1980

基本的に、わたしの信仰的スタンスは“アグノウスト”です。
アグノウストとは、不可知論者のことで、簡単に言うと

神はいる → 有神論
神はいない → 無神論
神はいるかどうか、それはわからない → 不可知論

という具合です。

わたしの場合は、将来的にはクリスチャンになる予定ですが、信仰の度合いとしたら、いまだ「不可知論」の域を出ていません。
つまり、「神の存在を信じないことはないが、神の存在を信じるにはいたっていない」といったところです。

まぁ、このような信仰という超個人的なことなので、ゆるく考えていきたいと思っています。

先日、前橋のベイシアホールで行われた「ラブソナタ」というクリスチャンのコンサート(?)を見に行きました。

内容の是非はともかく、これを見終わって、やはり正しい信仰は人間にとって有効なものだと感じました。

神様がいます。

自分に何か良いことが起こります。
→ それは神様のおかげです。

自分に何か悪いことが起こります。
→ それは神様が与えた試練です。

という構造が正しい信仰の構造となるのです。
そうなんですよね、これって「滅私奉公」「妄己利他」などと言われる自己存在、とくにエゴを消すのにもってこいの構造で、神様(=絶対的なもの)の前には全て起こることは、そのお方に起因するところのもので、自分によるものではないのです。
しかし、自己鍛錬に都合のよいことに、悪いことは自分のせいということなのです。

つまり、よいことは他者のおかげ、悪いことが起こった責任はすべて自分にある…という自己啓発によくある構造になっているのです。

結局のところ、人間というものは弱い生き物、ズルイ生き物であり、良いことが起これば自分の実力、悪いことが起これば誰かのせいにしがちです。
しかし、それでうまくいっている人はほとんど皆無でしょう。

新興宗教などの「現人神」(実在する生身の人)信仰の場合などは、ちょっと用心しなければいけませんが、しっかりした宗教団体における信仰は、自己を律し、さらに人間性を向上させるためには、とても有用なものなのかもしれません。

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