11月 162013
 


Brand / loop_oh

阪急阪神ホテルズ系列の中華料理店が昨年9月から提供していた「霧島ポークの上海式醤油煮込み」。
ホテル側は、九州南部・鹿児島と宮崎にかかる霧島連山近くの一部地域で飼育されている豚を、材料として求めていた。

しかし流通量が少なく、「霧島産」を入手できなかった卸業者は、神戸産の豚肉を代わりに納品していたのだ。メニュー登場以来、一度も「霧島産」は使用されていなかったというのだから、なんとも呆れる。

さらに驚くべきは「そもそも『霧島ポーク』という豚は存在しない」という当地の生産者の話だ。

「『霧島ポーク』なんてブランドの豚肉は鹿児島でも宮崎でも聞いたことがない。ホテルが客寄せのためにブランド豚に仕立て上げたんじゃないか。今回の偽装騒ぎで鹿児島の黒豚ブランドを傷つけられて、こっちはいい迷惑だよ」(鹿児島県の黒豚生産者)

食品偽装問題 そもそも「霧島ポーク」という豚は存在しない より

すごいですね!
架空のブランドを作りだして、それを売っていたなんて!!

真のブランドの力、もちろん、負の一面を見た思いがします。

結局こうなると人が食べている肉(モノ)というのは何なのか?という根本的な疑問がわいてきますね。

そもそも、人は肉を食べているようで、ブランド(国産・外国産・マック・高級レストランなどなど)を食べているにすぎないのかもしれません。

これは一種異様であるものの、人間の根源的な性質もそこにあるような気がします。

『蝿の王』

   

1954年出版のウィリアム・ゴールディングの小説。題名の「蠅の王」とは、聖書に登場する悪魔であるベルゼブブを指しており、作品中では蠅が群がる豚の生首を「蠅の王」と形容している。

ウィキペディア 蝿の王 より

『蝿の王』では、無人島の子どもたちが丘の上に見える黒い物体を、一種の「神(絶対的な存在)」として崇めます。(※うろおぼえ)
それはそのような絶対的な存在なしには、自らの存在を存立しえない性質が人間にはあるからです。
はっきり言ってしまえば、絶対的なものがあった方が生きていくのに楽なんでしょうね。

それはブランドにも当てはまるのだと思います。
あるものは、ある特定・一定の価値があるという前提に基づいた方が、人間の社会性を考えれば、常に判断を下す必要がなくなるので、とても楽です。

しかし、そもそもブランドというものは、あるもののそれ自体が良いものであるがために、あるべくしてあるものなのです。
極論を言えば、人為的にブランド力をつけられる類のものではなく、結果的にブランド力がついていたというくらいのものなのでしょう。

まぁ、ブランドというものは、その価値がわからない人は手を出さない方が無難ということなのでしょうね。
ブランドの正体が、「蝿のたかったブタの頭」とも限りませんから…。

ツイートツイート

Ads by Google 楽天市場 アマゾン

現在コメント投稿は停止しております。