11月 202013
 

「NHKプロフェッショナル 仕事の流儀」に、宮崎駿監督が出ていました。

今夏放映された映画『風立ちぬ』は、興行成績や海外での評価は前作の『崖の上のポニョ』や『千と千尋の神隠し』ほどではないようです。

宮崎監督は、それらの作品を“ファンタジー”に仕上げ、とくに海外ではそれが評価されたのでしょう。

しかし、今回の『風立ちぬ』は、いわば宮崎監督が描きたい世界を描きたいように描いた「超個人趣味」の世界であり、今までのファンタジーとは一線を画しています。

子どもたちに見せるべき世界=ファンタジーではなく、自分の伝えたいアニメという世界=遺言、と言われる由縁でしょう。

宮崎監督は一貫して「子ども」に見せる(魅せる)作品を描いていたとのことです。
おそらくすべての子どもたち、大人になった子どもたち、そして、これから大人になる子どもたちに向けてアニメを発信していたので、多くの人、世界中の人々の共感を得るにいたったのでしょう。

しかし、宮崎監督は、アニメ=子ども用の娯楽と安易に捉えいるわけではもちろんありません。
凡人凡夫は、子ども用のもの=幼稚なものと考えがちです。
しかし、本来、子どもに対することは、ものすごく面倒なことなのです。

ラジオの広報広告にこんなものがあります。

家に帰ってきた子ども(6歳くらい)にお母さんが「おかえりなさい」と言います。
それを聞いた子どもは「どうしてかえってきたのに、“かえりなさい”っていうの?」と言います。
言葉に詰まったお母さんはしばらく後

「おかえりなさいは、“かえりなさい”っていう“かえって”という意味じゃなくて…“ようこそおかえりないさました”って意味で…えっと、それを省略して言っているのよ」
「どうしてしょうりゃくするの?」

という感じに実に面倒くさいのです。

もちろん、子ども相手なので、ごまかしたり、無視したり、恫喝したり…と力の強い大人は、いかようにも対処できます。
それをきちんと子どもと向き合い、真摯に作っているのが宮崎作品なのです。

宮崎監督は作品制作中、なんどもなんども「面倒くさい」という発言を、口癖のように繰り返しています。
そしてまた同時に「大事なものはたいてい 面倒くさい」ともおっしゃっています。

その面倒くささを省いて、作品を作ることがおそらく誤解された子ども用の娯楽=幼稚なものになってしまう原因なのでしょう。

面倒くさいことを丁寧に積み上げるからこそ、「どうしてクマみたいなあんな変な生き物が空を飛べるの?」という子どもからの疑義がなく、すんなりと「トトロ(の世界)」が子どもたちに受け入れられるのでしょう。

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