11月 222013
 


Wild Flowers 野草的花 / HK James Ho

昨日、野草をとっていましたら、近所の子どもに「何をしているんですか?」と声をかけられました。

ですから、

・食べられる野草をとっていること
・野草が食べられること
・もともと野菜も野草から発展したこと
・肉も野菜も人間によって、改良され、作られていること

などなどを話してあげました。
ものすごく興味深そうに聞き入っていたのが印象的です。

「世界の飢餓をなくすために、群馬のイノシシを食べよう」プロジェクトも、大人に呼びかけるよりも、ものわかりの良い子どもたちに発信した方がよいかもしれません。

例えば、「1泊2日の自然塾」みたいな形のキャンプをして、自然食を通じて、現在の食に関する危機的状況を知ってもらうのです。
これならば、親子参加の形でもいいかもしれませんね。

啓発的に「群馬のイノシシを食べよう」と言っていますが、もちろん、そんなことは不可能です。

野菜の栽培、家畜の飼育はそうあるべくして、成長してきた大切な事業体です。

仮に、すべての群馬県民が野草だけを食べて腹を満たすとしたら、1か月も待たずに野草をとりつくしてしまうでしょう。
ですから、全ての食を自然に頼るというのは、妄想に過ぎないということを大前提にしながらも、行きすぎた栽培やその浪費、家畜の飼育法や肉の浪費など、少しでも改善されるような振り子の揺り戻しとしての活動としたいわけです。

知って行動するのと、知らずに行動するのとでは、知性ある人間としてまったく違うと思います。
マックを食べたければ食べればいいのです。
マクドナルドも、安価な食料を供給しているという点では、おおいに世界に貢献している大企業だと思います。

ただ、その肉となる家畜の製造過程(※とても飼育とはいえません)を知った上で、それでもマクドナルド(ファストフード)を食べるならば食べるべきです。

お金のない貧しい国の人間ならばともかく、少しお金を出せばスーパーで国産の肉や野菜が手に入る日本に住んでいるのです。

そのような多くのことを、まず「草を食べる」という子どもがびっくりすることを端緒にして、啓発していけばこれはおもしろい活動になると思います。

人工的に作り出す「肉」を求める過程において、「人道的」とか「道徳的」な飼育法を求めるのは、人間の立場(エゴ)に立った解釈なだけで、不要と言えば、不要なのかもしれません。
結局、家畜にとって、肉となる=殺されることには、変わりはないのですから。

チキンナゲットの下の動画は、むしろ食材のすべてを使い切るという精神においては、素晴らしいと思います。

※追記
自然塾を英語表記したらどうなるのか調べましたら、「塾」→a cramming school と“cram”という見慣れない英語が出てきました。
思いきり和製英語になるでしょうけど、Natural Crammer(ナチュラル・クラマー)くらいにしておきましょう。

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