12月 032013
 
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ペットと家畜の境目はどこにあるのか?

そう感じた作者が、実際に豚を自分で飼い、自分の育てた豚たちの屠殺を見学し、きちんと肉になる工程をまでも見届けてから、それを食べようというノンフィクションです。

以前(と言っても4~50年前)は、各農家で2~3頭の豚を飼っていたのは、珍しくなかったようです。
しかし、次第に集約的な養豚業になり、今は完全に“ファクトリー・ファーム”となっています。
その件(くだり)は、最後の東日本大震災での養豚舎の場面を読むと、よくわかります。

いやしかし、実際に豚を飼おうというのは、見上げた体験主義者ですね。
わたしの家は農家で、中規模の養豚業をやっていました。だから、豚を飼うことの大変さは、よくわかっています。

まず、食肉用の豚なので、愛玩用に小ぶりにしたミニブタとは違います。
出荷時には100kgにもなる巨体です。

また、飼うといっても専用の豚小屋が必要です。著者も書いていますが、ほとんどの期間を「豚小屋」作りに費やすことになりました。

わたしが子どもの頃は、1頭出すと10万円とか言っていたような気がするので、ちょうど豚価のピークだったようですね。
今は、半分にも満たないようです。それが養豚業の大規模化に拍車をかけ、そのことでますます中規模の養豚業者が廃業の憂き目にあう、という負のスパイラルに陥っているのだと思われます。

これはなにも養豚業に限らず、農業全般に言えることなのでしょうね。

肉食をやめる、つまりとりこむ生命体を選んだところで、何かを殺していること自体に変わりはない。どこにボーダーを引くのかは、人間の暮らす社会の都合次第でいかようにでも変わる。そこに正義も善悪も真理もない。その生物を食べたいのか、食べたくないのか、種として残したいのか、残したくないのかがあるだけだ。それは人間の意思であり、エゴと言ったら言い過ぎだろうか。(P278)

なぜわたしはイノシシを狩るのか?
その答えの1つとして、上のような想いがあるからです。

なぜ店で売られている豚肉ではなく、イノシシを狩って食べるのか?

それはイノシシが、そこにある からです。つまり、原存在としての肉がイノシシなのです。

ひるがえって豚肉というのは、人間が作り出したものです。
つまり、わたしにしてみれば、本来 そこにはない 存在なのです。

ですから、わたしとしてはむしろなぜイノシシを食べないの?
という質問をしたいくらいです。

そこにある肉に手を出さず、別の肉をどうして生み出す必要があるのでしょうか?

そこにあるのは、人間の傲慢やエゴなのではないのでしょうか?

今は飽食の時代であり、肉ですら工場的に作り出されている時代です。命としてあるものに、規格外や廃棄率がある、そんな時代です。

はたしてそれでいいのでしょうか?

と間接的に投げかけたい気持ちが、おそらくわたしの中にあるのだと思います。

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