12月 172013
 

坂口さんの言行は、ご本人も自覚しているように、ともすると“反政府”活動になってしまいます。
その辺の“反政府”ではないけれど、決して「現政府は認めない」というスタンスとしての“新政府”という発想、そして、行動はとても意義があると思います。

彼のロジックが、見る人、聞く人を魅了するのは、裏表がないからです。
建前なしに、常に本音をぶつけてきます。しかも自分の言葉で本音をぶつけてきて、それを24時間365日実践しているから、ちょっとやそっとでは太刀打ちできないのです。

「何かあったら、オレに電話しろ!」とまでは、たいていの人は言えます。
ただ、坂口さんのすごいところは、その後に「オレの携帯の番号は、090…」というように、本当に自分の電話番号を言うのです。

これは、ある種、奇異なことです。
いや、もちろん、彼のロジックで言えば、「“奇異”に感じている側がむしろ“奇異”じゃね?」というだけのことです。
だって、「何かあったら、オレに電話しろ!」と言っておきながら、電話番号を教えない(※もしくは事務所の番号などを教える)というのは、これは建前として「何かあったら、オレに電話しろ!」と言っているのと同じです。

つまり、それはそれ、これはこれ、といういわゆる普通と言われている社会における普通って、本当に普通なの?普通って言っちゃっていいの?と思いきり、疑問を投げかけてきます。

彼は、思想は4次元、やることは実行で、革命家というよりは、わたし的にはイエスや釈迦のような宗教家に見えます。
その辺はやはりご本人も自覚されているようで、かなり意識して、「オウム」にならないように、丁寧に軌道修正しているようです。

しかし、オウム(麻原彰晃)と彼の大きな違いは、自我や自己への執着があるかないかです。
もちろん欲望はあるのでしょうが、彼の欲望は小我ではなく、大我にあるように思われます。

さきの電話番号の例でもわかるように

「何かあったら、オレに電話しろ!」 → でも、番号はさらさない → つまり、人助けしている自分はかっこいいと思いたいだけ → つまり、小我

坂口さんの場合、 

「何かあったら、オレに電話しろ!」 → 番号をさらす → 実際にかかってきて、24時間電話相談をする → つまり、大我

ということになります。

彼を見て、「うさんくさい」と思う人もいるようです。しかし、それはごく表面しか知らなければ、そのように目に映るかもしれませんが、彼を知れば知るほど、公私の別のない人、つまり、「うさんくさくない」人にわたしには見えます。

おそらく、公と私、本音と建前がはっきりしている人ほど、彼のことをうさんくさく見えるのかもしれません。
なぜなら、「万物の尺度は“自分”」なのですから。

わたしとしては、釈迦やキリストが現代に生きていたら、あんな感じなのではないだろうか?と思ってしまいます。

まず、現在あるもの、国や政府、もっと言えば、そこに依存する人々の生き方に「何かがおかしくないですか?」と問いかけます。
それが、モバイルハウスや0円生活などです。

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