12月 172013
 

坂口恭平さんもそうですが、本当に社会を変えたいと思っている人の活動は、むしろ穏やかなような気がします。
その穏やかさはどこからくるのかというと「反対運動」ではなく、「新しいステージ」への移行といった、「反対」というネガティブではなく、「変化」というポジティブ、もしくはニュートラルな性質によるものと考えられます。

声高に「反政府」「反原発」を唱える人は、とりあえず現状に反対というネガティブなもので、それで終わりです。
なぜそれで終わりかというと、本当の目的が「反」を唱えることであり、その先がないからです。
その先を目的とするならば、むしろ「反」ではなく「新」という変化を啓発する運動・活動になるはずなのです。

電力会社はこうだ!経産省のやり方はこうだ!だからけしからん…という「反」も、確かに社会的意義はなくもないでしょう。
しかし、本当に大切なのは、それではそれを踏まえたうえでどうしたらよいのか?どうすべきなのか?
どのような行動を1人1人がすれば、言動としての「反」を活動としての「新」に変えることができるのか?
その道を指し示すべきなのです。

その辺の違いが、デモなどでただ声高に意見している人たちと新しい価値観をひっそりと行動に移している人たちの大きな違いだと思います。

ゆえに前者はやかましく、後者は穏やかになるのかと思います。

今は、高度に、というか極度に情報化された社会です。
ですから、ことさらに大きな声で情報を発信する必要はありません。

なぜなら、本当に大切なこと、本当に重要なことならば、第3者によってその声が必ず拾い上げられるからです。
ですから、必要なことは声を荒げることではなく、穏やかにひそやかに実行するといった実践者としての姿を見せることなのです。

ここでの実行は、反社会ではなく、脱社会、そして、新社会の創造ということになります。
既存の社会や組織を破壊するのではなく、そこから緩やかに脱するのです。

電気の「地産地消」「自家発電自家消費」というのは、これは真剣に考えるべきテーマかもしれませんね。

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