2月 032014
 


church – second attempt / Mike@UnmissableJapan.com

そうか!勇者なんだから、教会と勇者は切っても切れない関係ではないか?!
というわけではありませんが、2回目の聖書の勉強会です。

復活の場としての“教会”
1時間以上、一方的に誰かの話を聞く機会というのは、オトナになるとなかなか新鮮な刺激になります。
まさに、脳内エネルギーの復活。
もちろん、わたしは洗礼を受けていないので、非クリスチャンとしての説教の解釈であり、キリスト教的にはおそらく間違った解釈をしているのでしょう。
しかし、非クリスチャンだからこその新鮮な物事の考え方を提供され、ほんとうに思考が「復活」した気分になります。

・信仰をもって「義」とする(ローマ人3:21-22)
→「いい人戦略」を信じている時点で、その人はもう「いい人」であり、行為は問題とされない

いや、この辺は難しいですね。
思想の「善」と行動の「善」は、いったいどちらがより「善」であるのか?
※言いかえれば、どちらがより「偽善(的)」か

しかしながら、「義」を問題としているならば、思想と行動をともなってこその「義」だろうから、この問題は解決するか。

・パリサイ人との激しい議論
現行の律法(俗に言えば、「常識」)との激しい対立は経なければいけない
→日本銀行券世界(JBレイヤー)依存からの脱却

経済=経世済民のあり方を思考する
・見た目経済(表層レイヤー)
・日本銀行券世界経済(JBレイヤー)
・評価経済(親密レイヤー)
・態度経済(想いレイヤー)
・0円経済(無償レイヤー)
・物々交換経済(貨幣なしレイヤー)

自己存在0(ゼロ)のために
別の人(夫婦や家族)の口座を用意し、そこに振り込んでもらう

・信仰によって神との正しい関係に入る
→救い

わたしにはできないけれど、神さまにはできる(創世記:15)
わたしは確かに大金持ちでもなければ、どこか大企業の社長でもない。
しかし、世の中には、「大金持ち」も「大企業の社長」もたくさんいる。それは神さまがそうしているからであり、自分がそうではないからといって、神さまにできないということを証左していることではない。

詩篇51:16
神の喜ばれるものは、「モノ」ではなく「行為」。正確には「砕けた悔いた心」。

いい行為は後悔をしない。
しかし、人間ゆえに必ずしもいい行為だけをすることはできない。
かりに自分が良くない行為をし、後悔しているのならば、その行為を「悔い改める」ことが大切である。

代償行為は後悔しやすい
いやいやながら働いて得たお金。その代償として、お金を使う行為は、後悔しやすい。なぜならば、本来は「お金」ではなく、時間(休みや睡眠)や空間(家族のだんらん)がほしかったわけだから。

報酬を得るための仕事は大切ではあるが、「代償行為」には気をつける必要がある。

魔法使いを発見したので、保存。

http://www.youtube.com/watch?v=odNTqm3FHaE

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