8月 042014
 

ゴッホとピカソの話から、新しい経済=信用主義経済へと話をふくらませていく感じの本です。

ピカソとゴッホの違いーもちろん、芸術的違いではなく、商業的違いーを初めに導入し、その違いからこれから来たるべく“信用主義経済”への説明へと進むのは、よく出来ている展開だと感じました。

“信用主義経済”自体は、岡田さんが述べている貨幣経済とレイヤーをずらした、特に目新しいものではないのですが、きちんと文章化された本というのがなかったので、“信用主義経済”を初めて学ぶには良いテキストになります。

※もしかしたら、岡田さんが山口さんの本を読んだのかも

同時並行で、岡田さんの動画などを見ると、よくわかると思います。

※参照 岡田斗司夫の動画 愛されニートの仕事術

【モノに値段がついたとき、お金は、そのモノが持つ言語化できない価値を、数字という一点でばっさり表現しきってしまうことで、物事の価値を「一般化」し、「匿名化」し、「無機化」してしまう。】(P159)

現在の行き過ぎた貨幣主義経済に拒否反応を示す人は、そこがあまりに無機化されているからだと思います。
有機的な人間であるからこそ、食べ物にしても環境にしても、経済にしてもあまりに無機化されているのよりも、勝手は少々悪くても“有機”を求めるのではないのでしょうか。

give & take から give & given へ(P168)

よくいわれている無私の精神に“give & take”という言葉があります。
でもこれって、“take”を前提とするので、ちょっとおかしんですよね。

ただ人間であり、神様ではないので、“give”だけでは生活的にも、精神的にも個人の存立や人間関係の確立が難しいでしょう。

そこで著者が提唱しているのが、“give & given”。
本来の物々交換は、AさんとBさんの交換でした。
Aさんが米を渡し、Bさんと肉を交換する。

しかし、それは初期の経済、貨幣経済の始まる前の世界です。

信用主義経済においては、AさんがBさんに米を渡す…以上です。
これが前提なのです。そこで重要になってくるのが、“信用”と“人間関係”というわけです。

コミュニティーが育っていることが前提の信用主義経済においては、AさんはBさんにお米を渡すことにより、Cさんから果物をもらう…といった経済になるのです。
つまり、AさんとBさんの“give & take”ではなく、AさんとBさんとCさんの関係のおける“give & given”ということです。

そのためこれからの信用主義経済において大切なこと(投資)は、「信用」と「人間関係(コミュニティー)」ということになるわけです。

まぁ、でもこれってわけはないです。
はっきり言えば、戦前の農村と同じですよね。信頼関係をベースにした物々交換。もともと、日本人はこのような“有機経済”は性に合っていると思います。

ただ、かつての農村ベースではなく、これからの信用主義経済は、ネットを使った全国規模、世界規模のものになるだけの話です。

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